X'mas Eve

メリークリスマスイブ!

前回ブログを書いてから、もう2か月くらい経ってしまいました。怒涛の2か月でした・・・。色々な面で多忙でした。授業・仕事・研究・勉強・人間関係・・・大分泣きました。

 

もう2018年も終わりそうだけれど、2019年は、ありのままの自分を受け入れてくれる人たちと一緒にいたいです。限られた人生の時間の中で、分かり合えない人と一緒にいる時間ってもったいないですね。

 

初めての日本語のティーチングも終わりほっとしていますが、今自分の授業の動画を見て、反省をしながら、楽しかったなぁと振り返っています。ただ、学生さんからくる質問に毎回答えられるわけではないし、指示が上手く伝わっていないなど、問題点も色々見えてきています。採点に関しては、特に上級になってくると、作文の採点で、てにをはを始めとした細かいミスを直していかなければならないのでとても時間がかかって大変でした。そのせいにしてはいけないけれど、自分の授業(特に音声学)に割く時間が急激に減少し(結果成績が悪かった)たことはかなり反省です。

 

今は冬休みといっても、論文をなんとかしなければならないので、勉強・研究に時間を費やしていかねばなりません。本当に卒業できるのか、不安になるときもよくあるけれど、息抜きをしつつ前進していかねばと思っています。

 

クリスマスイブの今日は、友達と映画に行ってきました。Aquamanという映画で、まぁあり得ないストーリーだけれども笑、画が綺麗でとても楽しめました。そのあと友達とマックでご飯を食べているときに、割と深刻な、人生の話をしました。卒業後どうするの?という話だったのですが、その友達は結婚していて子どももいるんだけれど(アメリカ国外)、家族を愛していないし、元々やっていた仕事に戻るモチベーションもないということで。なんだか話を聞いていたら、彼が壊れそうだったので、とても心配になりました。愛していない家族と一緒にいて、全く興味のない仕事をするのなら、自分ができる最大限の援助を家族にすることを約束して離婚して、少しでも興味が持てる仕事に就いた方がいいのでは?と思わず意見を言ったところ、彼との別れ際に、「離婚しようかな」と言われました。彼は、自分の抱えているこの問題についてカウンセラー以外の他人に話したのは初めてだったようですが、カウンセラーよりも今日私に話せたことが心の救いになった、と言われたので、もしそれが少しでも本当に救いになったのならよかったと思いつつ、たった一つの発言でも、人の人生の決断に影響を与えてしまう可能性があることに、責任感をおぼえました。

 

そういえば先日は、ミャンマー人の友達とその(次期)彼氏がうちにきて、夜中の3時まで飲みながら語り明かしていたのですが、そこでもかなり深い話をしました。特に、セクハラ・強姦といったことについて話していたら、ミャンマー人の友達は、自分が6歳のときに、おじさんに犯されたことがあったということを暴露し、どうしてこういうことが起きるのか、人はどうしなければならないのか、自分たちはどうすべきなのか、ということを語り合いました。そのときも、彼女はこの話をしたのは今日が初めてで、私と彼女の次期彼氏しか知っている人はいない、ということでした。すごく強くて、いつも正義感溢れる彼女には、これまでいつも助けられてきて、どうしてこんなに強くいられるのかと、そのたびに思っていたけれど、実は彼女のそういった辛すぎる過去が、今の彼女を作り上げたということが漸くわかった夜だったのでした。

 

そして、人はみんな、それぞれ問題を抱えていて、簡単にそれを他人に共有したくはないけれど、それを持ち続けていることは時に非常に危険で、それをいつか開示する必要があって、そのために開示できる人を回りに持つことが重要なんだなと思いました。人間は弱くて、時として過ちを犯してしまい、それがいつも許されるわけではないんだなと思いました。なぜなら、その一つの過ちが、罪のない人を気づ付け、負の連鎖を招きかねないから。

 

 

 

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明日はクリスマス。日本語TAの仲間のアメリカ人の友達のデンバーのおうちでパーティーがあり、呼んでもらったので楽しんできます。クリスマスの日に孤独になりそうだったインターナショナルの学生を心配してくれる周りの沢山の友達には、本当に感謝。